なんかいきなりディープな話になるけど、
映画「霊幻道士」に代表される、往年の香港チャイニーズ・ホラーが大好きで。
こういう作品はキョンシーや幽霊が登場するのでよく葬祭に関わる場面が出てくるのだが、そこで描かれているようなちょっと不気味で、しかしどこか愉快な雰囲気が面白いのだ。
死や葬式に関する習慣というのは、その民族の世界観がもろに出ていて面白いと思う。人間や生命をどう解釈しているか、とか、死後の世界をどう考えているか、とか。
そして、昔ながらの伝統文化が色濃く残る中国華南地方や同地出身の華僑が多い東南アジアには、伝統的な中国の死生観を体験できる場所がある。
ポルトガルの残り香が漂い、カジノ街のネオンが光る澳門にも、そんな場所があるのだ。
曲径、幽冥に通ず ~竹林寺
マカオの中でも中国的なローカル色の濃い北部、食料品の市場や文具店が集まるエリアにひっそりとある竹林寺。観光客はあまり行かない場所だと思うが、私は澳門に行くとよく立ち寄っている。
まずは何といっても雰囲気がいい。境内には至る所に木や植物が植えられ、緑を基調にした建物の色合いもよく、落ち着いた雰囲気に癒される。
建物自体もよく見ればギリシア風の柱、金属の透かし細工をあしらった窓などレトロ西洋風+中華様式の折衷で、他の寺院とはちょっと違う雰囲気がある。
まずは境内の様子を少しご紹介。もともとは道観だったそうなので、財神や月下老人(赤い糸の元ネタになった縁結びの神様)など道教系の神様も祭られている。
ガジュマルの木が植えられた中庭。石の円卓と丸椅子があってゆっくり休憩できる。
竹林寺の建物は道観時代のものを使用しているが、今のように緑豊かな庭園が築かれたのは寺院になってからだそうだ。ちなみに奥に「曲径」とあるのは唐・常建の詩「題破山寺後禅院」に「曲径通幽の処」とあるのが典拠。中国では竹林の枕詞みたいなフレーズ。
寺院の建物は、この中庭を囲んで回の字型の構造になっているのだが…中庭沿いにも部屋がある。ただしそこに安置されているのは、神仏ではなく膨大な数の位牌なのだ。
部屋の前ではおびただしい数の渦巻き線香が煙を上げて少々煙たい。これら位牌の部屋は墓地とはちょっと違う。位牌は神位=祖先という神なので、祖先を祀る「祠堂」という扱いになる。
8/17追記
大陸では一族ごとに祠堂を建てて位牌を安置するので、このように寺院に合祀するのは華僑社会の特徴らしい。華僑の「僑」が「仮住まい」を意味するように、あくまで本来の祠堂は本国にあるという認識だったようだ。
東南アジアに比べると本土に近くてぴんと来ないが、マカオも歴史上福建や広東からの移民が多い街である。
体に染みつきそうな線香の匂い、壁一面の死者の視線。一種異様な雰囲気なんだけども、だからここは面白い。
だってこういうのに出会えるから!
張りぼてだけどただの張りぼてにあらず、これが中国の葬式用品なのだ。
中国の葬祭文化
中国では実物を模して作った紙製品(紙料や紙扎と呼ぶ)を燃やして冥府に送る習慣がある。
「霊幻道士3」で道士が紙の服を燃やして幽霊の兄弟に服を着せるシーンがあったように、燃やすことで「本物」としてあの世に届くのだ。
なので、清明節や中元節など死者に関わる節句や法事の時はお金や日用品をあの世へ「仕送り」する。その見返りとして、祖先は生者に幸福をもたらしてくれる…と考えられている。
祖先もただで加護をくれるわけではなく、あの世に行っても生活費が必要と言うのもなかなか現金な漢民族らしい発想。
これは3月末、清明節頃。この時期にお寺を訪れると、炉で「仕送り」している人たちをよく見かける。(これは媽閣廟)
しかし紙製品かつ、しめやかな色味の日本の葬儀用品と違ってビビッドカラーなので、仏具ではあるんだけど文化祭感というか…どこか賑やか、愉快な雰囲気がある。
とはいえここから感じるのはメキシコの死者の日のような「楽しさ」というよりもむしろ、むき出しで切実な願いであり欲望であると思う。色鮮やかさや細工の細かさも、豪華さ=豊かさの表現なのだろうし。
インドや日本のような死=穢れという感覚は中国にもあるらしく、葬儀を取り仕切る僧侶道士や葬儀用品職人とは別に、遺体を扱う葬儀屋は蔑まれると読んだことがある(今ではどうか分からないけど)。
遺体は「殺気」を発し、周囲のものを汚染するという考えがあるのだそう。一見華やかな飾りつけは、穢れを覆い隠すため?とも思ってしまう。
持ち物 for あの世
中国の伝統では死者は亡くなると彼岸へ向かい、閻魔など十王の裁きを受けたのち問題がなければ冥府に居住する、ということになっているそうだ。
期間については、輪廻を待つ間だけだったり永住だったり色々解釈があるらしいが、こまめに紙製品を仕送りする習慣があることを考えると、永住説の方が浸透している気がする。
【冥宅】
こちらは死後の住まい・冥宅。死者に実際住んでもらうものだから、細部までしっかり作りこまれている。
街の仏具店にはこういうミニサイズの物(↓)も売っている。
これはシンガポールで見た豪邸。Twitterでみたけど実物大の冥宅もあるらしい!
【紙人】
これも中華お葬式につきものの、少年少女一対の紙人形。中国語では紙人、紙僕人、金童玉女などと呼ばれ、死者の召使として彼岸行きを助ける。
葬儀では棺桶の隣に設置し、映画でもよく見かける。「霊幻師弟 人嚇人」ではサモ・ハンが紙人に変装するシーンが見所だった。ちょっと拙い造型が逆に怖くてなんか好き。
【金橋・銀橋/金山・銀山】
人形の隣にある橋の模型は「金橋・銀橋」。
死後60日目に死者は冥府の川(三途の川?)を渡るとされているため、この日には法事を行い、紙の船に橋を載せて燃やして死者を助ける風習がある。
この時には紙銭や食べ物も一緒に燃やすのだそうだ。紙銭は渡し賃ではなく悪霊を追い払うためらしい。映画でも道士の武器といえば銭剣だし、銭には魔除けの力があるということ?
人形と橋の間にあるのは「金山・銀山」で死者に送る金銀。紙銭は悪霊払い、送金は金山と使い分けるようだ。
別の所に積んであった紙の車。薄暗い中に覗くショッキングピンクは運転手。三途の川を渡るのは昔ながらの船だけど、行ってしまえば移動手段は現代的であるらしい
以上、個人的穴場の竹林寺でした。
中国の葬祭文化に触れてみたい!と思ったら足を運んでみていただきたい。そうでなくても、緑豊かで綺麗なお寺なので単に立ち寄るだけでもおすすめの場所。
結構楽しい仏具店
街には仏具店が随所にあり、神棚や線香・香炉・送金用に燃やす紙銭などの祭祀用品、また新年のカレンダーや飾りつけ、スピリチュアル系の本など精神生活に関わる色んなものを売っている。紙の家や車なども並んでいるので、ぱっと見おもちゃ屋のように見えたりもする。
上のお店は今回買い物したところだけども、何故か卵も売っていた…映画だとキョンシー撃退に鶏卵を使っていたけどピータンとか売ってるし食べる用?謎。
仏具店!というと近寄りがたく思えるけど、不審な異邦人でも割と快く迎えてくださり、買い物もさせてもらえる。
でもちょっと気が引ける…という時は仏具も扱っている雑貨屋さんへ行く手もある。いかがわしい本を買う男子のごとく、雑貨を見るふりして仏具を見、雑貨を買うふりをしてさりげなく仏具を混ぜ込んで買えばよいのだ。
これまで買った面白い物。
紙銭
冥界で使える紙幣。高額すぎてわけわからんことになっている。8が多いのは「発=お金持ちになる」と同音で縁起のいい数だから。
一応ちゃんと銀行が発行した紙幣ということになっており、銀行総裁:玉皇上帝(天帝)、副総裁:閻魔とか設定が凝ってるのがまた楽しい。銀行の種類は「地府銀行」「冥通銀行」など色々ある。
ちなみに…寺院や街角の祠には炉があって折々紙銭を燃やすんだけども、今回行った時は「風通しのいいところで!」とか「夜は避けて!」等々、安全に配慮した注意書きが貼られるようになっていた。
通勝
あとはこちら。「通勝(※)」や「黄暦」と呼ばれる運勢暦のようなもの。
平安貴族がやっていたような「この日にしていいこと、悪いこと」、風水の方角吉凶、おみくじに書いてあるような運勢の予言詩などが書いてある。迷信と批判する声もあれど、日常生活には影響を与え続けているようだ。20パタカ=400円。
中身を見てもよくわかんないけど、中国のゲームをプレイしていると中国の伝統的な節句、風習に関してのイベントやアイテムが色々あるので、理解が深まるかなぁと思って買ってみた。
太陽暦と陰暦を対照できるので、カレンダーとしても使えるっちゃ使える。
※もとは「通書」と言ったけど「書shu」が「輸shu=負ける」が同音なことから「通勝」と呼ぶようになったのだそう。こういう同音の文字を忌んだりゲン担ぎするのも中国あるある。
冥界トラベルセット
ちなみに今回大ヒットだったのがこれ。
パスポートと乗車券、乗船券、航空券にゴールドカードまでついてたったの5パタカ(100円)!
これは…冥府に入るパスポートではなく、ハデスさんとかオシリスさんとかサタンさんの領地に行くやつ?それとも普通に世界旅行できるの?
有効期限は1年と短いので1年たったらまた燃やして送ってあげなきゃいけないようだ。
ちゃんとパスポートナンバーもあるんだけど、さすがに1つ1つシリアル番号入れていることはないと思うので、「23688」というのにも何かしら意味はあるんだろう。8で終わっているのは乗船券や乗車券の番号と共通、紙銭の所で書いたゲンかつぎと同じ理由だと思うけど。
中国には例えば520(wu-er-ling)=我愛你(wo-ai-ni)のように音の近い数字を使った隠語文化もあるので、何かありそう…。うーん、気になるなぁ
一人で面白がってると、お店の子も笑っていた。作っている方もこれはやりすぎだよね、みたいに半分冗談で作っているのか、大真面目なのか。仏具も資本主義経済の中にあって、新規に需要を作りだす必要から一見やりすぎでも新商品を出していかなきゃいけないのだろうかとか、仏具業界の事情も色々気になってしまう。
どちらにしろ、細部まできっちり作りこまれて番号・価格も縁起の良い8を多用していたり、プロ意識の高さと死者への気遣いが伝わってくる。
最近は紙製タブレットも登場しているし、キャッシュレスの世の中で紙銭はどう変わっていくのか?とか、時代による変化も楽しみ。
ネタとして面白いというだけでなく、現金・現世主義な中国人らしさが凝縮された貴重な文化遺産だと思ってるので、個人的には、いつまでも受け継がれていってほしい。
ちなみにこうした冥界アイテム、横浜中華街でも現地の華僑用に仏具を扱っているお店があるので見ることができる。昔に比べてだいぶ減ってしまったけど。
(今だと、西門通りの中国貿易公司さんの雑貨部門とか)
続編:中国の葬祭文化や紙製品の成り立ちをもっと詳しく
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