壺中天

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土地神ずかん【東南アジア1】


中国王朝による支配や華僑の活動等を通じて中国の影響を受けてきた東南アジア諸国にも、土地神信仰は息づいている。しかしそれは必ずしもオリジナルとは重ならず、現地独自の文化と習合し、それぞれの形へと進化を遂げている。

今回はそのうち渡航経験のあるベトナム、マレーシア、シンガポールで見かけた「土地神」信仰、その他現地ならではの民間信仰について整理した。

最初は土地神関連だけ書こうと思ったけど、面白いものが色々ありすぎて範囲を広げました。土地神信仰はタイにも根付いているらしいので、いつか行ってみたい。

前回:
xiaoyaoyou.hatenadiary.jp

ベトナム


ベトナムは漢・唐など中国王朝に支配されていた時期もあり、漢字の使用、祖先崇拝、科挙の実施など歴史的にも文化的にもその影響を大きく受けてきた。

なので祠や神様などのデザインも一見中華風だが、色遣いが微妙に違ったり、中国なら龍を配置する所に鳳凰がいたり、布袋様かと思ったら髭の生えた別人だったり、ベトナム独自の世界が花開いている。

街角の祠を中心に、ベトナム民間信仰について少し触れてみたい。

「土地」と「財神」

ベトナムの家庭にはバーントーという祭壇があり、5代前までの先祖土公(家の守り神)土地の精霊などを祀っているという。

ベトナムの店先でよく見かける、この立派な神棚もバーントーの一種。2人の神様が祀ってあるがこれは「土地(Ong dia)」と「財神(Than tai)」。髪と髭のある布袋様のような神様が「土地」、白髪のおじいさんが「財神」だ。

土地(Ong dia)は土地を管理する神で、管轄地域の住人や出来事を把握している。探し物を手伝ったり、財神と二人で貧しい人たちを助けてくれるそうだ。

中華圏の土地神とも共通点があるが、面白いのは、白髭の好々爺で中国ならいかにも土地神やっていそうな方が「財神」であること。

ベトナムには「穀物や貴金属など、富は大地からもたらされる」という考え方があるそうだが、これは中国でも同様で、土地神が財神を兼ねることは珍しくない(戸口に祀る神位に「門口土地財神」とあるのもそのため)。

なので土地神と財神は元々混同されやすいのだが、そこで「土地」という別の神格が分離・追加されているのがベトナムのオリジナルといえる。

この「土地」は南ベトナムの農民の姿をベースに弥勒仏(布袋)や張天師が習合したものであるそうで、中国の影響を受けつつもベトナムにルーツを持つ独自の神格なのだろう。

気怠い夜のゲーセンの店先にもバーントーが。ちなみにこれはホーチミン市だけど、土地・財神の祭祀はベトナム南部発祥の習慣らしい。

南部はヒンドゥー系王朝の支配も長く、中国に近い北部発という方がしっくりくるけど、「土地」のようなオリジナリティは南部だからこそ出せるのかも。

ところで、この土地・財神、シンガポールの道端でも祀られているのを発見した(右)。

よく見たら、ベトナム語の張り紙が写っていたから祀っているのはやはりベトナム系住民のようだ。普通に華僑の祭壇かと思ってた。それより、こう見ると土地神は大黒様にそっくりだな。

城隍神


こちらはベトナム中部の古都・フエの市場にあった綺麗な祭壇。形は土地神壇によく似ている。文字が花で隠れてしまっているので、分かる所だけ断片的に書き出してみる。

「五方(以下読み取れず)」
「本處最■列位尊神」
「本土城隍開■開耕列位」

読んだ感じも土地神壇のように思える。「城隍」と書いてあるが、ベトナムには唐代の中国支配下城隍神信仰が導入されたそうなので城隍神を祀っているのだろうか?

城隍神の祭祀は独立後も李朝から阮朝まで受け継がれたらしいので、阮朝の都であるフエで城隍神が祀られていても不思議ではない。

さらに言えば、城隍信仰は農村にも広がり、ベトナムでは城隍神本来の「都市の守護神」としての定義は薄れ、広義の「土地の守り神」として祀られたとも読んだので、ここに祀られているのも名称は「城隍神」でも実質的には土地神なのかもしれない。

その他

以下は土地神ではないのだが、面白いと思ったのでせっかくだから書いておく。

祖先の祭壇(ベトナム中部)

南北に長いベトナムでは地域によって文化も異なっているが、フエやホイアンなどベトナム中部の家では、このようなカラフルな祭壇をよく見かけた。設置場所は軒先やベランダ、庭などそれぞれ。


こちらの例を見てみると、奥には何らかの画像が飾られているようだが、白黒写真にも見える。屋根に「敬如在(在るように敬う)」と書いてあるのと、下の机にも故人の写真が飾られていることから祖先崇拝の祭壇かと思われる。

左には赤い柱の祠が2つ並んでいるが、よく見ると作りが明らかに雑なので用途は違うのだろう。馬の人形もあるし、後述の霊魂を供養する祭壇かもしれない。

これも民家の一角にあった、おそらく同じタイプの祠。雨天のためか簾が降りているが、中にはバナナが備えられていて、明かりもついている。水色×黄色のカラーリングがかわいい。

樹の祭壇


正式名称は分からないけど、街を歩いていると樹に祭壇がくっついているのをよく見かける。ベトナムでは誰にも祀られない霊が木に集まると考えられているので、彼らを供養するものであるらしい。

このタイプの祭壇には、馬の人形が置いてあることも。色は赤と白とあるが、今のところ意味は分かっていない。

ベトナム民間信仰、面白いけど調べようにもピンポイントな文献が見つからない&web検索するにも適切なキーワードがわからず難しい。spirit house とかban thoとか色々試してはいるんだけど、概説的な記事が出てこなくて。

マレーシア・シンガポール


国家としては分かれているが、文化構成的にあまり違いはない(と思ってる)ので、「マレー半島」というくくりでまとめてしまう。

華僑が多いマレーシアやシンガポールには当然土地神信仰が伝わっている。さらにマレー半島には、現地の民間信仰イスラーム教の聖者崇拝や中国の土地神信仰を取り込んだ独自の「土地神」である「嗱督公(Datuk)」が存在する。まずはこれについて紹介したい。

拿督公(Datuk Kong)


マレーシアに行くと、土地神によく似た「拿督公」という神様の祠をあちこちで見かける。「拿督」だったり「哪啅」だったり表記は様々だが、これは元々マレー語の「Datuk」を音訳したもの。

ぱっと見の印象は「マレーシア版土地神」といったところだが、拿督公は単なる「土地公のリージョンフォーム」とは言えない複雑なルーツの神様だ。様々な文化を取り込んで生まれた、まさに多民族・多文化国家マレーシアを象徴するような存在なのだ。

拿督公の源流をたどると、「Datuk keramat」と呼ばれる民間信仰に行きつく。「Datuk」は「長老」、「keramat」は「聖なる」のような意味があり、マレー社会では古来、集団の指導者、戦士、宗教者など地位のある者が亡くなるとその墓石を祀る風習があった。

この「Datuk keramat」にはスーフィズムの聖者崇拝の影響もあると言われるが、さらにそこに華僑の持ち込んだ土地神信仰が加わって成立したのが拿督公信仰であると考えられている。

明確な人格神である土地神に比べると、拿督公変幻自在なアニミズム的存在で、樹や森、洞穴などに住み、虎やワニに姿を変えることもある()。石や蟻塚を神体として祀っているケースもあるそうだ。

祠の中身は神位だけだったり、このように神像を持たない祠に線香が備えられているだけのものもある。

※)タイやインドネシアなど幅広い地域で、「Datuk」は虎の別名としても使われるそうだ。または、虎やワニは拿督公の化身だけでなく使いと考えられることもある。後で出てくる土地神と虎爺の関係にも似ていて興味深い。

人型として表される場合、拿督公はソンコック(マレー帽)やクリス(短剣)などを身に着けて、明確に「マレー人」として描かれる。また、マレー人=ムスリムなので、供物はハラールフードのみ、非ムスリムが祀る時も、神前に出る前は豚肉を食べないそうだ。

というわけで、見た目こそ長いひげの好々爺で土地神風、祠の雰囲気もよく似ているが、拿督公はマレーの民間信仰アニミズムから生まれた、マレーシアならではの存在なのである()。

※)シンガポールにも拿督公は祀られているらしいが、3回訪問して1度も見たことがないので場所が限られているのかも。シンガポールムスリム主体の国ではないこともあり、マレーシアほど身近ではなさそうな印象がある。

土地公(大伯公、福徳正神)

マレー半島では拿督公だけでなく、純然たる「土地神」の祠や祭壇もよく見かける。ただ興味深いのは、華僑といっても福建、広東、客家など出身は様々であること。

これらの集団ごとに土地神の呼び名も異なり、例えば以下のようなものがある。

一般 土地神、土地公、福徳正神
潮州(広東) 本頭公
客家(※1) 伯公、大伯公

体感では「大伯公」を一番よく見る気がするが(※2)、客家由来の大伯公がスタンダードになっている理由は分からない。

歴史的に見ると、客家の南洋移住は明末清初、または清末(19世紀半ば、太平天国の乱以降)に進み、客家系華僑はクアラルンプール開発の祖と言われる葉亜莱シンガポールの初代首相リー・クアンユーなど重要人物も輩出している。…となるとやはり、マレー半島では客家の影響力が強かったということだろうか?

※1)客家は戦乱を機に中国北部から南部に移住してきた者たちを指す(現地住民からの他称)。起源は金の南進と北宋の滅亡(12C)であるらしい。独自の言語や文化を持ち、有名な円形の「土楼」なども客家の建築。代表的な客家には洪秀全、鄧小平らがいる。
※2)ちなみに、今のところマカオで大伯公を見かけたことはない。やはり、客家の関与しない土地には存在しないということか?ちなみにタイには潮州系華僑が多いので、「本頭公」名義での信仰が盛んらしい。



このように複数の称号が使われていることもあるので、今ではあまり区別されていないのだろう。ちなみに、これはホーカーズ(フードコート)の一角。ホーカーズの一角には、大体何かしらの神様が祀られている。ここはリトル・インディアにあって利用者はインド系が多いのだが。

土地公(マラッカ)

文字 新街坊土地公婆
対聯 福蔭街坊安康樂 徳澤綿(以下不明)

マラッカで見かけたオーソドックスな土地廟。「新街坊土地公婆」とあり、中国で見る土地廟とあまり変わらない。習合などは起こっていない、純粋な土地神信仰の移植版だろう。

神壇はなく、社の中に土地神と土地婆の像が祀られている。もう1組、外壁に土地神夫妻の画像が祀られているのが珍しい。心なしか色黒で南国風味。

福徳正神(マラッカ)

対聯 福庇華夷崇正道 徳施黎庶沐浴神恩

マラッカの川べりにあったモダンな土地廟(福徳祠)。2段あり、上段には土地神(福徳正神)、下段には虎爺が祀られている。

虎爺は寺院の守り神で土地神と縁のある神様。土地神が暴れ虎を調伏して騎獣にした言い伝えがあり、祭壇の下によく祀られている。

ここの福徳正神は髭がなくてちょっと珍しい。もしかして鄭和とか思ったりする。(鄭和はマラッカに寄港し、王とも友好関係を築いた。鄭和記念館があったり「鄭和下西洋〇周年」を常にカウントしていたり、マラッカはやたら鄭和を売りにしている)

【8/3追記】東南アジアの土地神信仰に関する論文を読んでいたら、南タイで信仰される「本頭公」やマレーシアの「大伯公」は=鄭和説があるそうだ。まさか本当に鄭和なの!?

赤い祠は地主神だろうか?西洋レトロな橋の階段と、赤い祠の組み合わせがマラッカらしくて素敵だ。

大伯公

前述したように、「大伯公」は客家系の土地神。マレー半島には大伯公を祀る立派な寺院が多い。こう立派になってしまうと好みからも記事のコンセプトからも外れてしまうので悩むところ(ストリート神仏萌えが原動力)。

でもせっかくだし、祀られ方の地域差の資料にもなるかなと思うので載せておく。

仙祖宮(シンガポール


チャイナタウンのマクスウェル・フードコートの裏手にある小さな廟。廟名は仙祖宮というが本尊は大伯公。

内部には中央に赤い顔をした土地神(大伯公)、周囲に財神や哪吒、二郎神、ブッダまで多種多様な神々がお雛様のように並んでおり、一種壮観。

かの『中国の死神』の大谷先生が「仙祖宮には新種の無常がいる」と書いておられたので、ここもまた民間信仰の自由さ・可変性を語る貴重な場所なのかもしれない。

梧槽大伯公宮(シンガポール


シンガポール北部、バクテーや海南鶏飯などローカルフードの名所・バレスティアロードにも立派な大伯公があった。

境内の看板によると、1847年に福建出身者によって建てられたもの。…福建か。「大伯公」の定義が分からなくなってしまうな。黒い肌をした神像は、確かに福建風ではある(というか台湾の神像に似ている)。

親切なおじさんが礼拝の仕方を教えてくださって、祭壇下の虎爺に肉の脂身や卵をお供えしたり面白い体験をしたんだけど日記がどこかに行ってしまって、見つかったら書きたい。

自販機があるけど、ジュースも奢っていただいたのです。シアン・ホッケン寺院にも自販機があったから、暑いシンガポールでは割と普通なのかもしれない。

地主神


中国本土や、日本でも見かける「地主」の神位。よく見る割によくわかっていなかったので、これについても書いておきたい。

こちらは「地主神」という神様。地面に近い場所に、板状の神位だけが祀られている。名前のイメージに反して、地主神は「財神」として祀られるそうだ。日本でも中華料理屋でよく見かけるので納得である。

何度か書いたように、中国では、穀物や金銀を生む大地は富の源泉と考えられていた。なので、地主神は「大地そのもの+大地が生み出す富を神格化したもの」と言えるだろう。集落の数だけ存在し、人間とのかかわりも深い土地神とは似ているようで全然違うのだ。

龍神とあるのもこの場合は水は関係なく風水の龍脈に近いものだと思うので、ざっくりと、大地の色んな力を神様として祀ってるんだろう。

さて、地主神の板には通常「五方五土龍神・前後地主財神」と書いてあるが、マレーシア・シンガポールのものは微妙に文言が違い、「五方五土龍神唐番地主財神」となる()。

唐・番とは、隣に「中外貴人」とあるように中国と外国のこと。つまり、華僑視点で「中国人・外国人の土地」=世界ってこと?

「唐」「番」という言葉自体はアレだけど、世界=中国という認識がアップグレードされて外国をしっかり認識している点では進化した表現と言えるんじゃないかな、と思った。何気ない文言だけど、裏側には歴代の華僑たちのアイデンティティを巡る葛藤が潜んでいるのかもしれない。

※)ベトナムの「土地・財神」の祭壇にも地主が祀られているが文章は「前後地主財神」だった。分布が気になるところ。

普度公


こちらも一見土地廟っぽいが、よく見たら「普度公」と書いてある。新キャラが出てきて混乱していたら、これは中元節でお馴染み「大士爺」(「面燃大士」とも言う)のことであるらしい(↓)。

大士爺は中元節で現世に戻ってきた例を監督する神様。職務的にも中元節限定の神様というイメージがあったのだが通年祀っているのだろうか。中元節については、時期も近いし(8/18が当日)近日中に記事を書く予定。

神像はなく、香炉と地主の神位があるだけ。面白いのは、よく見たらインド系の神様に線香がお供えされていること。This is Singapore.

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とりあえず、ストックが尽きたのでこのシリーズはいったんお休みします。

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参考webページ
www.huxiu.com
baskl.com.my