壺中天

歴史、旅行、ごはん、ゲームなどアジアなことを色々つづります。

土地神ずかん【マカオ1・沙梨頭】

マカオの土地神をひたすら記録するシリーズです。
※ちゃんとしたフィールドワークではなく、ただの感想と記録なのでご了承ください。

第1回はマカオ半島北西部のカモンエス公園周辺。

この辺りはカジノリゾートや南欧風建築など分かりやすく見栄えの良いものはないので、リピーターでもないとあまり行かない場所だと思う。

しかしその分昔ながらの下町情緒が濃厚で、入り組んだ狭い道を探検しながらレトロな風景を見るのが楽しく、個人的にはマカオで1・2を争う大好きな所なのです。

そして、中華レトロな風景には土地神の姿もつきもの。遭遇率が高いのと、マカオの代表的な土地廟である「沙梨頭土地廟」があるということで、まずはここを取り上げました。

今回は「石敢當行台」から、石街⇒麻子街⇒工匠街とカモンエス公園のある丘を反時計回りにぐるっと回る路線にある土地神の記録です。

前回とコンセプト:
xiaoyaoyou.hatenadiary.jp

石街~麻子街

1.石敢當行台の土地廟

場所 橋巷
文字 橋頭土地公公
対聯 土能生白玉 地可出黄金
形式 神壇
その他 石敢當行台(寺院)の向かいにある

こちらが今回の散策の起点となる寺院(廟)。土地神とはずれるが、ここの寺院がなかなか面白いので書いておく。

石敢當は中国古来の民間信仰で、魔除けの石のこと。日本にも伝わり、とくに沖縄では今でもこの風習が残っている。大体は街角に石碑や石が置いてあるのだが、廟の入り口には「石敢當爺爺」とあり、ここでいう「石敢當」は人型の神であるらしい。

本尊は旗を持った白髪の仙人風で、『封神演義』の姜子牙(太公望)?と思ったら、寺院内にちゃんといわれが書いてあった。石敢當爺爺」はやはり姜子牙のことで、女媧が封神を終えた彼に「石敢當」の封号を与えて魔除けの神にしたのだそう()。

封神演義』の重要キャラクターでもある女媧は天地が崩壊しかけた際に「五色の石で修復した」伝説があり石と関係の深い女神なので、そこから石敢當と姜子牙がつながったんだろう。

姜子牙が石敢當として祀られているケースには初めて出会ったので、とても面白い場所だった。

※)「封神」とは神に封じる(役職を与える)こと。姜子牙がその仕事を任されていたが、彼自身には何も称号がなかったので女媧がそれを与えたということ。


廟の外にはオーソドックスな石敢當(↑)と、土地神壇(↓)もある。土地廟のこの曲線的なデザインはなんとなく沖縄の亀甲墓にも似ている気がすると思う(沖縄に影響を与えてるのは福建移民なので広東とはちょっとズレるけど)。

神位には「橋頭土地(以下読めず)」とあるが、石敢當行台前(写真左)の小道は「橋巷」なのでその街頭を守っているということ?

ちなみに、Googlemapによると橋巷の南の突き当りには別の「橋巷土地公廟」があるみたいなのでダブルブッキングなのか厳重なのか。こっちは次回探訪します。

…ちなみに「石敢當行台」は面白い所だけど、おススメです!と言うにはネックがあって。というのも、マナー注意喚起の張り紙がやたら多くてちょっと怖いんですよ、ここ。

「土地神はゴミ捨て場じゃない」「夜に炉を使うな」とか注意書き自体はほかの場所でも見かけるし、実際ほかの廟で火事があったこともあるそうだから理解できるけど、なにぶん量が異常に多いし文面も感情的・威圧的だったりで何か闇を感じる。(珍スポットで有名な秋葉原の自販機コーナーを思い出す)

このエリアの住民だけ異常にマナーが悪い訳でもないだろうし、管理者が異様に潔癖なのか。廟の中には若い女性が一人座ってたけど、私には目もくれずマイペースにリリアンしてて、少なくとも彼女ではないだろうな。

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石敢當行台の前から西に延びる「石街」を道なりに歩いていく。この辺りはもともと漁村で海や工業と関係の深いエリア。歴史の古そうな造船学校があり、今では自動車やバイクを扱う町工場が目立つ。

地名には海や船に関するもの、または工業に関するものが多くそれを見て歩くのも面白い。

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2.銀針圍の土地廟


場所 銀針圍
文字 銀龍社稷土地財神
対聯 白髪知公老 地可出黄金
形式 神壇
その他 石敢當、井泉龍神

石街から路地に入った所にある。古めかしい門と色鮮やかな祠の組み合わせ、閉じられた空間(神域感)、黒ずんだランタンとかすごくいい雰囲気で好きなんだけど、なんといってもロケーションがすごくいい。ぶらぶら歩いてて、鳥の鳴き声に誘われて門をくぐったらいきなりこれが出現した時の衝撃といったら!

急に非日常にトリップしたような感覚を味わえるのがとても楽しいので、行ってみたいと思った方は是非石街の煉瓦の門をくぐってみていただきたい(ネタバレしちゃってるけど)。

ちなみに写真は裏側から見たアングルで、石街は階段の上。普通に石街を歩いてると全然気づかないし気づきようがない配置なので、一生出会わない可能性もあったのでは…と思うと不思議。鳥の鳴き声はバイク屋のペットだった(たくさんいた)。鳥好きの店主さんありがとう。


祠の横には井戸龍神石敢當の神位もありました。

土地神は陸の守り神なら、龍神は水の守り神。一言で土地神や龍神といっても管轄地は人それぞれ。土地神だったら町や村を管轄する大物から路地一本・家一軒だけを担当する者までいるし、同様に、龍神も海、川から井戸まで水辺に広く担当者がいる(『西遊記』にも井戸の竜王が出てくる)。

麻子街~大聖園

3.沙梨頭土地廟

場所 沙梨頭
文字 永福古社 本坊社稷土地福神
対聯 脈接雄關遠秀 靈敷鏡水長清
形式 神壇・廟
その他 -

マカオの中でもとりわけ歴史の古い土地廟。土地神は本堂に祀られている。堂内には土地公・土地婆の像も置いてあるが、本体は岩壁に刻まれた神位のようだ。

参考サイトによると、当初は石のご神体と祭壇があるだけのささやかなものだったのが、清代(乾隆54年)に改修されてお堂が作られ施設が整えられたのだそうだ。今のご神体に刻まれた対聯や文字もそれ以降のものらしい。

神位には「永福古社」とあり、廟内の碑記に記された伝承によると、元の猛攻から逃れてきた南宋皇帝(端宗)がこの辺に滞在したことがあり、その陵名である「永福陵」から名付けられたとある。とはいえこれはあくまで伝説、実際の廟の起源は明末(万暦~天啓年間、大体400年前)のことらしい。

ちなみにこの永福古社のように「〇〇社」という名称を冠した土地神はあちこちで見かける。この社というのは地名や院名ではなく土地神を信仰する組織の名称であるそうだ。

マカオ移民の町だが、彼らは移住に際してまずは土地神を祀り、そのために「社」を結成して団結した。つまりマカオの開拓は、土地神という精神的支柱を共有することで進められていったと言えるのだ。

さてこの沙梨頭土地廟、立派な廟なのでマカオ全体の守護神だと思っていたら、「本坊社稷」とあるので沙梨頭の集落を守るローカルな存在なのかもしれない。

というか、町を司るのは城隍神だけどマカオの城隍廟については聞いたことがない。少なくとも今はないんだろう()。

境内には観音や媽祖なども祀られ、複合的な寺院になっている。境内の奥からはカモンエス公園に入ることもでき、確かトイレもあったと思う。

※)追記:城隍神は存在した。2010年の旅日記を読んだら、なんとマカオ北部の「観音古廟」に城隍神が祀られていると書いてあった。どうしてそんなに肩身が狭いことになってるんだ…現にすっかり忘れていたし

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沙梨頭土地廟の前は麻子街。道なりに歩いていく。

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4.麻子街の土地廟

場所 麻子街
文字 土地公之神
対聯 白髪知公老 地可出黄金
形式
その他 観音

通りの目立つところにあるのですぐに見つけられる。シンプルな造りのお堂に、夫婦の土地神像(土地公・土地婆)が置いてある。神壇もないし、お堂の作りを見た限りでは結構新しそうだ。

街中の土地廟や仏具店でよく見かける規格化された神像とは姿が異なり、なんとなく衣装や顔立ちのつくりに古風な印象がある。古いものを手直ししながら祀ってるんだろうか?

2010年に行った時は2人だけだったけど2024年は観音さまが増殖して大所帯になっていた。それと、よく見たら下段の石敢當が変わってる。「五方五土龍神・前後地主財神」という大地と富の神様。日本でも中華料理屋の一角でたまに見かけるやつ。

5.麻子街の土地廟【石型】

場所 海蛤里
文字 なし
対聯 なし
形式 神壇
その他 ネグレクト気味?

4の祠を通り過ぎた先にある路地の、集合住宅の手前に祀られている。この路地の土地神だろうか。赤い石が並んでいるだけで、得体の知れないゾワゾワ感があってなかなか好き。

上の写真は2010年の訪澳時のもの。ただ、2024年時は結構様子が変わっていて、一言でいうとさびれていた。

側面には炉があり、すすで黒ずんでいるのは2010年時も同じ。ただ全体的に塗装が剥げていたりカビが生えているように見えたり、あまりメンテナンスされていない感じがある。福の字や赤いお札も貼ってないし…。

線香は新しいので、お供えする人はいるようだ。マカオは信仰の篤い所だけど、別のところで取り潰された土地神も見たので色々事情はあるんだろう。ある意味、定点観測したい土地神。

6.大聖園入り口の土地廟

場所 大聖園入口
文字 -
対聯 九土奠康寧坊楡樂共升平日
百載長豊稔井里咸歌大有年
形式 神壇
その他 獅子、赤石

麻子街を抜けると、開けた場所に出る。カモンエス公園西側の崖沿いは「大聖園」という寺院になっており()、その入り口となる階段がここから伸びている。

この辺りには仏具屋も多く、店員さんが土地神のお世話をしているのも見かけた。お供えもりんごにオレンジ、ドラゴンフルーツ、紙扎(こちら参照)とかなり豪勢で、特に待遇がよさそうに見える土地神。

※)2010年訪澳時は「聚聖園」だった。園内を見る限り「大聖」というのは斉天大聖=孫悟空を指しているらしい。孫悟空に乗っ取られたのか!?

7.叢慶四巷の土地廟?

場所 鏡里⇒叢慶四巷突きあたり
文字 なし
対聯 なし
その他 包拯型

5の土地神の右手には「眼鏡里」という路地があり、道なりに奥に進んでいくとミントグリーンの壁に囲まれた袋小路に出る。その突き当りに祠があるが、ここの土地神?はめずらしい包拯タイプ。

包拯は北宋代の開封府尹(都知事)を務めた人物。当時の地方官は管轄地の訴訟を取り扱っていたが、特に彼は公正無私な名裁きで名高い(「大岡裁き」のモデルでもある)。

特徴は浅黒い肌、額の三日月模様、官服・官帽と笏、切れ長の目と長いひげのいかめしい顔立ち…など。

ちなみに包拯の額には通常三日月が描かれ、ドラマ等でも特殊メイクで再現される。これはもともと演劇の隈取りで、彼が夜は冥界に出向き裁判をした伝説に由来するそうだ。

おもしろいことに、マカオで見かけた包拯は額に三日月ではなく陰陽の太極図が描いてある。これも陰陽二つの世界を表しているのだと思うが、他で見たことがないので興味深い()。

土地神の祠ではなく最初から包公祠なのかもしれないが、こうやって路地の奥に祀られるのは大体の場合土地神であること、後で土地神と包拯が一緒に祀られているケースも出てくるので、似た役割の神(どちらも裁判が仕事)としてあまり区別されていないのかもしれない。

手前にはカフェがあるので、オープン中はちょっと見学しづらいかもしれない。(私が行った時は年末年始で閉まっていた)

叢慶四巷手前の眼鏡里も中々風情のある路地裏でお気に入り。

※)包拯の太極図については、疑問が解決したのでこちらの記事にまとめました。
xiaoyaoyou.hatenadiary.jp
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大聖園入り口付近には仏具屋さんが何軒かあり、外国人でも割と気軽に入れる。私は今回澳門でよく土地神に供えられている飾りと冥界トラベルセットを買ったが、店主さんは結構気のいい方だったので、今度行ったらお供えの飾りについて色々聞いてみたい。

その他、綺麗な公衆トイレもある(澳門の公衆トイレは基本綺麗)。そのまま道なりに歩いていく。

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大聖園~工匠街

8.新圍の土地廟

場所 新圍
文字 なし
対聯 白髪知公老 護助善心人
形式
その他 観音

脇道に入った所、住宅に囲まれた広場にある。道路からは背面しか見えない。

神体は着色もない石そのもので異彩を放っている。原初の土地神信仰では石を祀るのが一般的だったので、その習慣が生き続けているのだろう。または、仏具費用を節約する省エネ作戦かもしれない。

マカオの土地廟では先程の海蛤里の神壇のように他にも石を祀っている祠が結構あるが、石そのもの、赤く塗ったもの、本尊として祀ってあるもの、神像の脇に置いてあるもの、等々そのパターンも色々で面白い。

この辺りを歩いてきたとき、シャッターの奥から麻雀牌を混ぜる音が聞こえてきた。マカオの下街歩きをしているとお馴染みの、聞くと嬉しくなる音のひとつ。

9.何林圍の土地廟

場所 何林圍・君泰大厦
文字 本園土地 福徳正神
対聯 公公十分公道 婆婆一片婆心
形式
その他 観音、包公

工匠街の途中にパン屋に面した小さな公園があるが、その脇の坂道を上っていったところにある。集合住宅の守護神を祀る複合型の祠。

ここの土地神は「福徳正神」表記。これは土地神の別名で、「土地」「土地公」「土地爺」「福徳正神」など表記は色々あるが全て同じ土地神。「本園土地」とあるので、集合住宅の守護神なのだろう(中国語では集合住宅を花園と呼ぶ)。なので、集合住宅と一緒に作られた、わりと新しい土地廟と思われる。

ここでも包拯が祀られているが、このように包拯を街頭に祀っているケースは、今のところ他地域だと見たことがないのでマカオならではの現象なのだろうか?(マカオには包公廟があり、ひっきりなしに参拝者が訪れているので信仰が盛んなのは事実のようだけど)

ここの包拯も額に太極図(前髪のように見えるやつ)。色白なのは珍しい。

ちなみに、実はこの時点では7番・叢慶四巷の「土地神」が包拯であることに気づいていなかったんですよ。包拯が道端に祀られるような身近な神様という認識がなく、額の印の意味も分からず両者が結びつかなかった。

帰国後、4番土地神と9番包拯の類似に気づいたときには結構感動した。


土地廟と包公廟の間には観音様が詰め込まれている。観音さまってあちこちの祠で大量発生しているんだけど、たとえば関羽や財神が密集してるのはあまり見たことないので不思議。かわいい

ここの祠、見所もりもりだし造りも綺麗なので長居して写真もたくさん撮ったんだけど、写真見返してたら祠の脇に不思議なものがあったので次回行ったら確かめてくる。

白っぽい山形の石、これは何だ?拡大したけど文字が読み取れなかった。「泰山」のように読めたので石敢當なのか泰山自体の神格なのか…

10.居安里の土地廟

場所 居安里
文字 土地福徳神
対聯 公公十分公道 婆婆一辺婆心
形式
その他 -

路地の入口に設置されている、マカオではよく見かける「路地の守り神」としての土地神。割と新しめに見える。

11.竹里の土地廟

場所 竹里
文字 土地爺
対聯 髪※知公老 黄金賜福人
形式
その他 関羽の存在感

※写真だと「友」に見えるけど、髪=发かも

居安里のお隣にある路地の土地神。でも土地神より関羽の方が圧倒的に目立っている。2人もいるし…。香炉もないし、装飾も外れちゃってるし、あまり見栄えを気にしないタイプの所か。

背後のタイルがかわいい。

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工匠街は八百屋や伝統菓子の店が並ぶ昔ながらの商店街で、地元の人たちに溶け込んだような気分になって楽しい。2024年にはここで大好きなマカオのお菓子「金銭餅」を買った。

突き当りで沙欄仔街に出る。西に行くと老舗が集まる十月初五街、東に進むとカモンエス公園入口とアントニオ教会だ。

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つづく
xiaoyaoyou.hatenadiary.jp