水都百景録には歴史上の人物が大勢登場しますが、中にはモデルはいても実名で登場しない人物やゲームオリジナルキャラクターも混在しています。特にこれから登場するキャラクターには、こういう人物が増えていくと思われます。(本国では炎上事件から実名を避けるようになったため)
しかも、水都の人選はもともと文化史の比重が大きく日本ではなじみのない人物が多いため、日本人には「知らない」のか「架空」なのかの区別がなかなか難しい。
というわけで、自分なりにこれらの人々をリストアップ及び、由来を調べてみました。個人的な推測と、百度で検索してモデルを調べたものです。Twitterでも画像版を公開したのですが、せっかくブログに書くので加筆して内容を充実させました。
1.非実名人物
モデルはいるが、ゲーム独自の名前で登場する人物。
【特殊住民】
呉黎
彼女を含めるか微妙なところだが、文徴明の夫人が「呉氏」というところまでは史実。名前は作品オリジナルのもの。 |
董夫人
歴史上の董其昌夫人は「龔(きょう)氏」。 長子の董祖和を生んでいるが、詳しい経歴は不明。他の三子は庶出らしいので、早世したのかもしれない。「万暦44年の董氏邸焼き討ちの際に死亡した」というのはオリジナル設定。 なお中国では父系の血統を重視するため夫婦別姓。同姓不婚の原則もあるため、少なくとも彼女の姓は董ではない。作中であえて彼女の名をこのように表記しているのは、虚構性を強調するためか? |
郭天問 ⇒モデル:郭守敬
元代の天文学者。イスラーム暦を取り入れた「授時暦」を作成。鶏鳴山の天文器具との関連性(史実では彼が制作。元の都・大都【=現北京】にあったものを、明建国後に移設した)や図鑑の「時の尊さ教え授ける」というフレーズから確定と見ていい。 ちなみに、彼の作成した授時暦は明代に改訂され「大統暦」となった。その編纂をしたのが太史令(国立天文台長)をつとめた劉伯温。大統暦は明末まで用いられた。なお明末には徐光啓が西洋暦法を取り入れた「崇禎暦書」を編纂したが、明の滅亡により施行は清代に持ち越された。 |
雲踏雪 ⇒モデル:花木蘭 ※実在or架空は議論あり
ディズニー映画「ムーラン」でお馴染み。老いた父に代わって男装して従軍し、突厥と戦ったと言われる。なお木蘭の出自には色々な説があるが、なかでも遊牧民の鮮卑族説が有力であるそうだ。ゲームにおいて、歩行グラフィックで騎乗するなど馬との関係が強調されているのはそのためか。 作中での名前の由来は見つけられず。なお、ピンインのアルファベット順に配列されている住民一覧ではYではなくHの位置にいる(花のピンインはHua、雲はYun)。 |
雲晴雪 ⇒モデル:樊梨花 ※架空
清代の小説『説唐全伝』等に登場する、唐代の女将軍で槍の使い手。唐初の名将・薛仁貴の息子である薛丁山に嫁いだ。結婚に反対する父や兄弟を始末したり、夫とは何度も喧嘩・離婚したりとなかなか強烈なキャラである。 ゲームでは胸元に白い花の飾り=「梨花」を示唆。建築「千なる梨花」に見られるように、中国では梨の白い花を雪にたとえるので、姉妹の名に「雪」が入るのはここからか。なお花木蘭とは別の物語軸の人物で、実際の彼女たちは姉妹ではない。 |
満庭芳 ⇒モデル:秦観
蘇軾の門下生で伝承上では蘇小妹の夫。 才女の蘇小妹が婚礼の夜、新郎を試すべく詩句の謎かけをする逸話が有名(馮夢龍の短編集『醒世恒言』にも収められている)。その割に蘇兄妹とゲーム中で接点がない点、北宋の人物だが、図鑑で「懐古」=唐代以前の画面にいるのが気になるところ。 中性的な風貌は、繊細で女性的な作風が特徴と言われるためか(なお宋代には男性でも頭に花を飾る習慣がある。水滸伝にも登場)。 ちなみに「満庭芳」は詞(メロディに合わせた詩)の曲調の一種で、秦観には「山抹微雲」という満庭芳の作品があり、そこから「山抹微雲君」という号も名乗るようになった。彼の代表作というところからの命名か。 |
鹿渓隠 ⇒モデル:韓希孟
明代万暦~崇禎年間の刺繡画家。 名前の由来は代表作の「花渓漁隠図」、また同図が収められたシリーズには鹿を描いたものがある。「花渓漁隠図」には董其昌が題詩を寄せているため、董夫人との関係はここからと思われる。 |
時闖 ⇒モデル:「虬髯客」張仲堅 ※架空
隋末唐初の伝説的な侠客(虬髯とは虬【みずち=龍の一種】のようなひげ、ということ)。時代的には魏徴と同じ。彼を主役に据えた「虬髯客伝」という伝奇小説があり、唐太宗の重臣となる李靖とその伝説上の妻・紅拂女との3人組での活躍が描かれる。 名前の由来は見つけられず。素直に訳せば「時代の乱入者」といったところか。 |
成梁 ⇒モデル:蒯祥
北京紫禁城を設計した建築家。うろ覚えだが紹介文に「宮殿を建てるのが夢」とあるため、若かりし頃の彼をイメージしていると思われる。 その偉業から、出身地香山の工匠の間では守護神としてあがめられ、伝説的な名匠である魯班(公輸班)になぞらえ「蒯魯班」の異名もとる。 |
【非住民(イベント出演のみ)】
桃花村の悪役3人。本国では天住民として実装されたが削除された、いわくつきの面々です。詳しくはこちらの記事にて書いています。
秦南帰 ⇒モデル:秦檜
華北を支配する女真族の金国に対し講和を主張。さらに主戦派で「忠国の英雄」として人気のある岳飛を死に追いやったことから、「大悪人」「売国奴」として代々嫌われてきた人物。手に持っている像は杭州の岳王廟(岳飛の墓)にある彼の銅像。唾を吐きかけられ続け摩耗していることで有名(現在は禁止されている)。 大陸では岳飛(閑人実装)と彼の描写をめぐって炎上し、非実名・実在人物の割合が増えていく転機を作った。名前の由来は「南人は南に帰し、北人は北に帰す」という秦檜の言葉(金の華北支配を肯定するニュアンスを含み、中国では彼を象徴するフレーズでもある)と思われる。 |
魏九天 ⇒モデル:魏忠賢
明末に専権をふるった悪名高い宦官。もともとはゴロツキで、博打に負けて自棄を起こし自ら宦官となる。人に取り入るのが非常に巧みで、天啓帝の乳母・客氏と組んで帝を操り、秘密警察機構である「東廠」を掌握して反対派を粛清、恐怖政治を敷く。最終的には崇禎帝に排除された。 ちなみに、彼と同時期に北京朝廷にいたのは袁可立と徐光啓。いずれも魏やその一派と対立し朝廷を追われた。 名前はおそらく、彼が自身を皇帝=「万歳」に近しい存在として「九千歳」「九千九百歳」と讃えさせたこと、また彼が自分を古代の帝王になぞらえ自称した「尭天舜徳至聖至神」の称号から。 |
汪五峰 ⇒モデル:王直
徽州出身の密貿易商人で、後期倭寇の頭目。日本とは頻繁に通商し、長﨑の平戸に邸宅を構えた。種子島への鉄砲伝来にも一役買っている(ポルトガル人を載せ、種子島に漂着したのは彼の船)。中国では日本と通じた「漢奸(売国奴)」と見なされることもあるため、こちらも扱いの難しい人物である。 名前は彼の名乗った号「五峰」「五峰船主」より(上述のポルトガル人漂着の記録にも「五峰」の名で登場する)。 ちなみに姓は「汪」となっているが彼の名には汪直という表記もある(母方の姓が汪ともいわれる)。なお「汪直」というと明代には同名の宦官もいるので紛らわしい。 |
閑人
五済 ⇒モデル:華佗
三国志でお馴染み、後漢時代の名医。麻酔薬「麻沸散」を使用した外科手術も行っていたと言われる。『三国志演義』では曹操や関羽を診察、史実では曹操に仕えることを拒んだため殺害された。 根拠は公式Twitterでの紹介やゲーム内台詞の「五禽戯(健康体操のようなもの)」。華佗は五禽戯の創始者といわれる。Twitterでは「華佗と五済は同じ酉年」との言及もあり。 |
宋仁 ⇒モデル:孔子
お馴染み儒家の創始者。根拠は彼の台詞(論語の一節)と外見。名前の由来は、孔子の祖先は宋国(殷の末裔)の人であることと、仁は儒教で最も重視される徳目であることからと思われる。 |
真 ⇒モデル:甄氏
曹操の息子で魏王朝の建国者、曹丕の妻。美女として名高いが非業の死を遂げる。 根拠は ①彼女の台詞にある「洛神軽身散」の「洛神」=彼女がモデルといわれる曹植の「洛神賦」。曹植の友人・何晏の服用したドラッグ「五石散」も意識?(ちなみに嵆康も服用していた) ②「真」と「甄」の音通(Zhenで同音) ③甄氏の生まれた183年が猪年。 五済や宋仁と違って彼女についてはヒントが少なく、公式Twitterも「江南に住む美女」としか言っていない。彼女の素性については、あまり明言したくない事情があるのだろうか。 |
張舞 ⇒モデル:荘子
道家の思想家。 根拠は公式Twitter紹介文の「胡蝶の夢」というフレーズ=『荘子』の寓話「胡蝶の夢」 今の所ネーミングの元ネタは不明。音の近い「荘Zhuang⇒張Zhang」+「胡蝶の舞Wu」?道家や荘子の概念「無為」「無用の用」などの「無 Wu」? |
語清 ⇒モデル:呂后
武則天、西太后と並ぶ代表的な女政治家で、側室に対する残虐な逸話でも知られる。 根拠は「高位にあった」という彼女の台詞、そして呂后が申年生まれであること。名前の由来は不明。閑人会話でもう少しヒントが出てくるかもしれない。 |
2.非実在人物
はな
元ネタ不明。鄭成功の母、田川マツ辺りからの着想?鄭和との接点がある理由は不明。ゲーム中では鄭和と汪五峰が組んで倭寇討伐をする(謎の)シーンがあるので、汪五峰も含めた関係性だろうか。中国版での名前は「大和撫子」。 |
沈万千
元ネタ不明。徐霞客には実際徐弘祚という兄がいるが、彼は徐霞客と20歳離れており、子供もいるため「結婚前に先立たれた」というゲームの設定とは矛盾する。当然夫人の情報も不明。別の兄という設定なのか。 紹介文では商家の出なので、名前は作中で述べられている由来のほか敢えて沈万三(桃花村にでてくる富豪)と重ねている? |
阿朶
元ネタ不明。阿朶というと中国の歌手が出てくるが関連性はなさそうである。なお朶というのは花や花を数える数詞なので「花ちゃん」か。大和撫子の日本名「はな」と同様漠然とした女性名という印象を受ける。 彼女の立ち絵で蝶が舞っているのはミャオ族の始祖神「胡蝶媽媽」、芦笙はミャオ族の楽器。桃花村イベントで披露した巫蟲の術も、ミャオ族が使うとされている。 |
端木偃 ⇒モデル:偃師?(『列子』の人形師)
元ネタ不明。『列子』に登場する伝説的な人形師・偃師と、「人形⇒木」の連想から、実在する複姓「端木」を合わせたネーミングか。 |
文漢儒
元ネタ不明。文徴明の血縁で同名の人物の記録はなさそう。ちなみに明末には董漢儒という官僚がいる。よくある名前の一つかもしれない。 |
高舞
百度調べによれば北宋・范寛の「渓山行旅図」とあったがどの要素を取り入れたものかはよく分からない(未所持につき、紹介文と対照すればわかるのかもしれない)。ちなみにこの絵は董其昌が所蔵していた。 色々見ていると、詩や絵に着想を得たキャラクターは今後も出てくるようだ。 |
宮商羽 ⇒モデル:仇珠「女楽図」
架空人物だが、モデルは仇珠の作品「女楽図」に描かれる箜篌奏者。「女楽図」は建築「百草園」のモデルでもあるが、百草園の建築テキストにも彼女が登場することから間違いなさそう。名前は中国の伝統音階名より。(角・徴・宮・商・羽の五音階) |
李旋簫
元ネタ不明。音楽家という設定からのネーミングだと思うが、目が隠れたデザインの含意等も今の所不明。 |
弥月 ⇒モデル:『酉陽雑俎』に登場する「月の修繕人」
『酉陽雑俎(唐代のエッセイ)』に、「山で白衣の男が寝ているのに出くわし、話を聞いてみると『月の修繕人』と名乗った。別れ際に、食べると病気をしなくなる『玉屑飯』を貰った」という話が載っている。 彼の白い服や、食糧節約の天賦もここから来ていると思われる。この話によると月は七つの宝からなる玉で、満ち欠けは月の表面がいびつになって影が出来るため起こる。だから8万2千戸の工人が修繕に当たっている、ということらしい。 |
飛花⇒モデル:天女散花?
天女散花はもともと仏教説話の一つ(『維摩経』所収)。この話では天女は花を降らせて地上を清め、また仏弟子たちを試す(煩悩がある者には花びらがくっついて離れない)という役割を演じている。この話は絵画や京劇の題材にもなっている。 花籠を持った天女、と言うことで可能性は高いと思う。 |