漫画の続き、まとめて12ページ更新です。前回分はこちら。
久しぶりなので概要を以下に。
「悪魔が住む」と言われる家で、マテオ・リッチと徐光啓の二人が運命と対決するお話です。
話の方も地獄の背景作画も、そろそろ終わりが見えてきました。今回は結構解説必要な場面が多いと思うのでそちらもあわせてどうぞ。
今回はちょっと暗い表現が多いので、苦手な方もいるかもですね。
以下、本編です。
つづく。
【解説】
あまりの中二漫画っぷりに描いてて頭を抱えそうになりましたが、今回で山は越えました。あとはエピローグ的な内容になりますね。
そして…本当、今回は解説ないとわけわからんと思うのでガンガン解説します!
p.16(3枚目)
途中で挿入されるイタリア語は『神曲』地獄の門に書かれている文句です。
Lasciate ogne speranza,voi ch'intrate「われを過ぎんとするものは一切の望を捨てよ」
Per me si va ne la citta dolente.「憂の国に行かんとするものは我を潜れ」
Per me si va ne l'etterno dolore.「永劫の呵責に遭わんとするものはわれをくぐれ」
Per me si va tra perduta gente.「破滅の人に伍せんとするものはわれをくぐれ」
(参考urlはこちらです)
怪異の主が神曲を知っているのではなく、リッチの頭の中にあったイメージが想起させられた感じですね。
ちなみに利先生、全く怖がらず面白くないんですけど、聖職者・年長者で怪現象に動じない⇔実証的でまだ若い徐光啓と対比しているためですね。あと漢語話者の時とのギャップを描きたかったのもあります。
p.19.(6枚目)
リッチの未来。はい、以下怒涛の解説ターンです。
(1)「同朋にすら理解されず」
リッチは中国伝道を進めるにあたって、摩擦を避けるため適応主義と呼ばれる中国文化に融和的な布教を進めた(Ex.祖先祭祀・孔子祭祀の容認や、儒教の「天」とデウスの同一視)。
それは有効だったが、カトリックの本分からすれば「邪道」だった。彼の方針はイエズス会に続いて入華したフランチェスコ会やドミニコ会の批判を招き、中国人信徒の祖先祭祀を容認するか否かの論争=「典礼問題」と呼ばれる清朝宮廷と教皇庁の対立を引き起こすことになる。
「Ex illa die 」は教皇クレメンス11世が発した勅書、これによって中国人信徒の祭祀参加等が禁じられた。これは康熙帝の怒りを招き、康熙帝は宣教師や天主教への態度を硬化させた。
「治罪の専条」は嘉慶帝が発布したキリスト教の取締規定。従来比較的寛容であったキリスト教への対応が厳格化する転機を作った法規。
あちこちに書かれている年号は天主教迫害が起こった年です。
マントの下に書かれている品物は、皇帝に献上した品物(機械時計、西洋画等)や士大夫に接近するために使った著作など(儒者の帽子、扇子=友好の象徴、著作=『天主實義』と『交友論』)。つまり、リッチが中国にキリスト教を根付かせるために努力してきたもの、築き上げてきたものの象徴。
(2)「汝の拓いた道を…」
地理的なヨーロッパ勢力の中国進出に先鞭をつけた、というだけでなく「近代への道を開いた」という意味合いも含めています。リッチら来華イエズス会士が翻訳した儒教の経典や中国に関する記録はヨーロッパに伝わり啓蒙思想に影響を与えた。中国という「他者」の存在を自覚したことがヨーロッパの自己変革を促し、革命を導いた一面もあるのです。
しかし近代を迎えたヨーロッパ諸国は市場を求めて海外侵略を進めていく。そういう皮肉を描いています。
(3)「汝の愛する国を…」
人物は左から英、独、仏、露の擬人像。近代の風刺画の描写に則って描きました。紳士風の英、第二帝国の軍人風・カイゼル髭の独、自由・革命の象徴フリジア帽をかぶった仏(女性として描かれることが多い)、コサック帽で毛むくじゃらの露。仏露は露仏同盟を結んでるので隣同士です。
背景は日清戦争後の中国分割のイメージ。フォーク・ナイフと併せて、ケーキに見立てた中国を切り分ける風刺画が元ネタ。背後の地名はそれぞれが中国に得た租借地。
p.20
徐光啓の未来。
(1)「罪業の実を…」
えーと…リンゴのネタは前も見たぞ?と言われそうですね…。リンゴはいうまでもなく創世記の知恵の果実。知恵を得たことで人は楽園から荒野へと追い立てられた。この話を徐光啓の生涯と重ねています。
宣教師との交流で知識を得たことで人(一般中国人)に見えない物まで見えてしまい、高い理想と周囲の無理解に苦しむ羽目になった、という。彼にとって西方の知識は光である一方枷でもあったと思うのですよね。
ちなみに胸のところにあるのは剣の刺さった心臓です。普通は聖母マリアの悲しみを表すモチーフとして使われるもの。
中央の人物は魏九天(魏忠賢)。徐光啓は魏忠賢一派としばしば対立して宮廷を追われることもあった。宮廷が彼に支配されているイメージでもありますね。
(2)「汝の愛せる…」
中央の人物は西太后。右の文字は外患となる出来事、左の文字は改革内容。全てに背を向けて京劇の観賞に興じているイメージですね。
(3)「己を閉ざし…」
西洋宮殿?と思われそうですがこれは乾隆帝の建てた円明園の西洋楼。カスティリオーネら宣教師も建設に関わっている。1856年~のアロー戦争の時に英仏連合軍によって焼き払われてしまった建物です。炎はリッチの方でも使ったので、こちらは中国的なデザインにしました。
p.21
「聖マテオ」
十二使徒で福音書を書いた聖マタイ。キリストの死後、斬首によって殉教したと伝えられる。
「聖パオロ」
キリストの死後改宗し、海外布教に功績を上げた聖人パウロ。ネロ帝の治世、斬首によって殉教を遂げた。徐光啓の洗礼名はパウロです。
p.22
2コマ目
ミケランジェロの「アダムの創造」のパロディです。最初は元絵のまんま裸腕だったんですけど、なんというか、お二人さんのおヌードだと誤解されたら困るので服を着せました。スクロールの中の文字はそれぞれ東西に伝わったもの。「天文学、幾何学、西洋」「東洋、啓蒙思想」
4コマ目
此処でのリッチの台詞は新約聖書のエピソード「荒野の誘惑」のイエスのセリフ「Vade satanas(退け、サタン)」をイメージしています。聖句をなぞることで「その聖書何のために持ってんの?」というツッコミを回避しようという狙いでして…でもこの聖書、確実に邪魔だし描いてても邪魔でした。
p.23
2コマ目
右から光緒帝・康有為、孫文・宋慶齢、鄧小平。各時代の変革者たちです。なお、あくまで徐光啓同様「変革を試みた者たち」として描いただけで、変革者としての実際の評価はここでは問題にしてはいません。だからこう、「鄧小平は天安門事件を弾圧した反動派!」とか、そういうのは困るんでご勘弁ください…
ところでめちゃくちゃ大事なポイントですが、孫文の妻・宋慶齢は徐光啓の子孫です。孫文を支えただけでなく、中華人民共和国の副主席にまでなった女性!だからこそこのシーンでの彼のセリフにも説得力が生まれるんじゃないかなぁと密かに嬉しく思っています。
p.25
隠し礼拝堂
…イメージはローマのカタコンベ+華北によく見られる「窑洞」と呼ばれる洞窟住居。奇しくもどっちもカマボコ型の構造が見られるのですよ!なので、北京の窑洞に、カタコンベを模して造られたイメージです。
解説は以上です。次回、いよいよ完結&「悪魔」の正体もはっきりします。