壺中天

歴史、旅行、ごはん、ゲームなどアジアなことを色々つづります。

【水都百景録】削除キャラについて考える

【追記】2023/10/17 一周年探検を踏まえて汪五峰の項目加筆

中国語で情報を調べていたら、本国では実装後に回収されたキャラクターが3人いることを知った。よくよく見てみると、確かに歴史的に議論を呼びそうな面々で、名前まで変えて実装したが案の定という感じ。

理由については公式が明言しているわけではないけど、ネット上で見かけた意見等を基に、なぜ彼らは生き残れなかったのか、感想を交えて考えてみた。

 

(1)秦南帰(秦檜)

https://patchwiki.biligame.com/images/jiangnan/thumb/d/d8/pxkbb8xz2x82a1a6o0h0yw0u80lyn6k.png/141px-%E7%AB%8B%E7%BB%98_%E7%A7%A6%E5%8D%97%E5%BD%92.png

(出典:秦南归 - 江南百景图WIKI_BWIKI_哔哩哔哩

南宋の官僚で、北方の異民族国家・金への抗戦を主張する岳飛に対し、講和を唱えた。「南帰」という名は秦檜の言葉と伝えられ、中国では彼を代表するフレーズでもある「南人南帰、北人北帰(南人は南に帰し、北人は北に帰す=金の華北支配を容認)」からと思われる。

永遠の嫌われ者、秦檜。彼が最高ランクの「天」で実装されたうえ、一方の岳飛がゲストキャラの「閑人」、しかも描写に問題があったことで、中国本土では荒れに荒れた(※1)

まずすべての前提として、中国の歴史観では善悪の価値判断がハッキリしている。だから歴史人物にも「善人」「悪人」の評価が下され(学界においても!)、その分類は容易には覆らない。(※2)

そして、岳飛と秦檜はその極端な例である。岳飛は農民出身の将軍で、義勇軍を率いて金軍の侵攻を退け、救国の英雄として現代でも非常に人気がある。一方、その岳飛を陥れ処刑に追い込んだ秦檜は超ド級の悪役の烙印を押されてしまったのである。

どれほど彼が嫌われていたかと言えば、岳飛を題材にした芝居をやれば舞台に客が乱入して秦檜役を殴り倒し(役者が死亡することもあったという)、中華揚げパン「油条」もパンを秦檜に見立て、揚げて留飲を下げるために生まれたものと言われる。唾を吐きかけられ続け摩耗した、杭州岳王廟の銅像はあまりにも有名である。

では、ゲーム中の秦檜はどう描かれているのか?紹介文では、周囲に罵られ続けながら屈折していく彼の姿が描かれている。科挙の勉強をしながら、彼は「もし私が大官になったら、皆に同じ苦しみを味わわせてやる!」と冷たく笑う。

個人的には、「従来の秦檜像」と相反するような、善良・有能さを強調するような描写ではないように思える。彼と比べて岳飛を下げているようなこともない。なので問題は、ゲーム上の扱いが岳飛と釣り合いが取れていなかったことにあったのではないかと思う。

ここで疑問に思うのは、開発側はこのようなリアクションを予想しなかったんだろうか?それとも、リスクを覚悟してでも訴えたい何かがあったんだろうか?

何かと「伝統」への反抗心を感じる水都の歴史観からすると、価値の転換的な狙いがあっても不思議ではないような気がする。それならそれで、秦檜の新しい人物像をもっと練り込んでもいいんじゃないかと少し思うけど。

なお秦檜の評価の妥当性については、価値観の問題なのでここでアレコレ言うつもりはない。

(※1)岳飛は閑人として実装されたが、上半身裸+羊を連れた姿でデザインされていた。これが「降伏する際の装い」であり、岳飛を貶める表現だとして炎上した。

公式の説明では、閑人はもともと十二支をモチーフにしているのでそのような意図はないとのこと(岳飛は未年生まれ)。また、デザイナーも微博にて「上半身裸なのは、あくまで「尽忠報国」の入れ墨の故事に由来」と弁明している。

最終的には、オーソドックスな武将姿にリファインされたが、結局抹消されたようだ(日本版でも配布はされず、「未年」の閑人としては「羊飼い」が配布された)。

外から見ると過剰反応に思えるが、中国に置いて岳飛という人物はそれだけ人気と影響力があり、扱いには慎重さを要するということである。

(※2)とはいえ、最近は「悪玉」とされてきた三国志曹操の新解釈がなされたり後述の魏忠賢を擁護する研究もあり、少し「悪役側」の再評価の試みもなされているように思える。

 

(2)魏九天(魏忠賢)

https://patchwiki.biligame.com/images/jiangnan/thumb/b/bb/h5pbgg38ct5zksswa3xbh1zumj7a2vl.png/118px-%E7%AB%8B%E7%BB%98_%E9%AD%8F%E4%B9%9D%E5%A4%A9.png

(出典:魏九天 - 江南百景图WIKI_BWIKI_哔哩哔哩

明末・天啓帝のもとで専横をふるった宦官で、秘密警察機関「東廠」を掌握して反対派官僚を弾圧したり、賄賂によって敗戦を隠蔽したり、各地に自分を祀る祠を作って礼拝を強要したり、奸臣の代表とされる人物。「江南百景図」では超優秀財務スキル持ちのうえ天ランクで実装された。

www.myworldhistoryblog.com

彼もまた秦檜同様中国史上の代表的な「悪人」であり、個人的には、これも「天」ランクで実装したのが問題な気がする。早い話が、劉伯温、常遇春、戚継光、包拯など歴代の名臣たちと同列に立つ資格があるのかって話。

さらに言えば、同じ天啓朝期に国家防衛に功績を上げ、魏忠賢に対抗して罷免させられた徐光啓と袁可立は侯ランク。同じく永楽朝国柱クラスの重臣鄭和や姚広孝も侯ランク。

これは議論になるのも無理はない気がする…。明末の腐敗が忠実に再現されているね!

 

では能力的な評価は妥当なのだろうか?

彼については明滅亡ギリギリの時期に馮夢龍が著書で「魏忠賢がいたらこんなことにはならなかった」と書いていたり(中国のネット記事見たら皆全力で反論してて面白い)、中文wikiによれば一部の学者は彼の政治的手腕を評価しているそうだし、ネット記事でもこの手の内容のものを見かける。「魏忠賢のもとで政権は安定し、適切な人材を抜擢して国境の戦況も改善した」「商工業税を導入して収入を安定させた」等々。

なのでまぁ、悪人だが財務得意な有能人材…という位置づけは間違ってはいない気がする。けど、「悪人」として嫌われてる人物であることや同時代の忠臣との扱いのバランスを考えると、ちょっとやり過ぎたのかも。(余談だけど、pixivで魏忠賢回収を祝うヘイト絵も見かけたので一般的にはまだまだ嫌われ者である模様)

ちなみに資料集を見ると、彼は初期案の頃からいたので、開発側としては思い入れのあるキャラクターだったんだろうなとは思う。

 

(3)汪五峰(王直)

https://patchwiki.biligame.com/images/jiangnan/thumb/3/38/emcx673wq1x7oy8k0rmzm2l9w2iiejp.png/200px-%E7%AB%8B%E7%BB%98_%E6%B1%AA%E4%BA%94%E5%B3%B0.png

(出典:汪五峰 - 江南百景图WIKI_BWIKI_哔哩哔哩

後期倭寇頭目で、日本への鉄砲伝来にも関わった有名な人物。実はもと徽州商人であり、徽商の「汪家」はおそらく彼の実家。事業に失敗し倭寇となり、平戸に邸宅を築いて日中間の密貿易に従事した。

彼もランクは天。彼については、やはり倭寇という立場がいろいろ難しかったのだと思われる。

倭寇というのは、倭の字を冠してはいるがその実態は「明の貿易制限への反発から生じたアナーキーな多国籍集団」と言える。そもそもこの時代には日本人や中国人という近代的な国民意識もなかった。倭寇は日本にも中国にも属さない独自の存在だったのである。

ただし、中国における倭寇の認識はあくまで「日本の海賊」であるようだ。倭寇と明の対立は「日中対立」と捉えられ、近現代の戦争と同様ナショナリスティックな感情がまとわりつく。ゆえに王直のような人物は「売国奴(漢奸)」として攻撃されてしまうのだ。

こうした事情はゲームからも読み取ることができる。例えば、

(1)「水都百景録」に住民「戚継光」が登場しない

戚継光は倭寇鎮圧に功を上げた明中期の名将で、「江南百景図」では松江府の目玉の一人・倉城防衛特効キャラとして登場した。日本版の「水都百景録」で未実装なのは、対倭寇戦の英雄という性格上、日本側に配慮したものと思われる。

(2)「倭寇を討伐する汪五峰」の描写

一周年探検では、何故か鄭和とともに倭寇を討伐する汪五峰の姿が描かれた。おそらく、彼と言うキャラクターを大衆的に受け入れさせるためには、「彼は売国奴ではなく忠国の士である」という転換をさせる必要があったのではないかと筆者は考えている。(それのどこが王直やねんというツッコミはさておき)

 

……というわけで、今は亡き天のお三方でした。

以上三人を総括すると、中国の歴史人物の評価には「忠」の概念が大きく関わり、冒頭で述べた「善人・悪人」を分ける基準になっているようだ。

秦檜の対金融和策は無用な戦を防ぎ宋を救ったとも言えるし(事実宋は南宋になってからの方が豊かになった)、商工業者への課税を重んじ農民の負担を軽減した魏忠賢政権なら、李自成の乱などの民変は防げたという主張もある。王直に注目すれば、国家にとらわれない視点から新しい歴史像が見えてくる。ただそれは中国で、少なくとも公式に「よし」とされる視点ではないのが問題だったと言える。

 

なんというか、人選は面白いしやりたいことは分かるんだけど、大衆的ニーズと合わなかったんだろうな…。向こうでは国民的知名度のゲームなんだし、もっと慎重にバランス調整すればよかったのにと思う。もったいない。

さらに、これらの炎上を境に「江南百景図」では歴史上の人物が登場しなくなっていく。したとしても名前を変えてぼかすようになっていく(郭守敬⇒郭天問など。また酉年の五済=華佗等、未年以降の閑人もみな実名を避けている)。

それは自分のような歴史好きのモチベ低下にもつながっているので、そういう意味でも勿体ないことをしたなぁと個人的には思っている。

 

桃花村見てるとみんないいキャラしてるんで、日本版では思い切って出してくれたら嬉しいと思う。大丈夫、燃えるビジョン全く見えない。

 

中国語ですが、こちらの記事に詳しい事情が載っています。

baijiahao.baidu.com